大禍津日神(おおまがつひのかみ)

伊耶那岐神の穢れによって成った神であると記されています。
よって災厄の神とされています。
 
 

どんな神様?

 
黄泉の国から生還した伊邪那岐命は、
体にまとわりついている穢れを洗い落とすために、
筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原で「禊」を行うことにしました。
身に着けていた衣服や持ち物を脱ぎ捨ると、12柱の神々が成りました。
 
そして、いよいよ海へ。
伊邪那岐命は「海面は流れが早い。海底は流れが遅い」と言い、
中ほどまで潜って禊をしました。
すると、「八十禍津日神」(やそまがつひのかみ)が成りました。
そして次に「大禍津日神」(おおまがつひのかみ)が成りました。
この2柱の神は、
黄泉の国へ行った時に身に付いた「禍から成った神」です。
なお、『日本書紀』五段一書六では、
「八十枉津日神」一柱のみ化成し、「大禍津日神」の名はありません。
 

名前の意味

同時に生まれた「八十禍津日神」との神格の違いは明らかではありません。
「大」は数の多さを表す語で、
「八十禍津日神」の「八十」と同様、美称とされます。
「禍津」は災厄の、「日」神霊の意味で、
あらゆる災厄を表している神と言われ、
後にこの神を祀ることで
災厄から逃れることが出来るという信仰が生まれました。
 

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