八十禍津日神(やそまがつひのかみ)

伊耶那岐神の穢れによって成った神であると記されています。
よって災厄の神とされています。
 
 

どんな神様?

 
黄泉の国から生還した伊邪那岐命は、
体にまとわりついている穢れを洗い落とすために、
筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原で「禊」を行うことにしました。
身に着けていた衣服や持ち物を脱ぎ捨ると、
12柱の神々が成りました。
 
そして、いよいよ海へ。
伊邪那岐命は「海面は流れが早い。海底は流れが遅い」と言い、
中ほどまで潜って禊をしました。
すると、「八十禍津日神」(やそまがつひのかみ)が成りました。
そして次に「大禍津日神」(おおまがつひのかみ)が成りました。
この2柱の神は、
黄泉の国へ行った時に身に付いた「禍から成った神」です。
 

名前の意味

「八十」は多くの、「禍津」は災厄の、「日」神霊の意味で、
あらゆる災厄を表している神と言われ、
後にこの神を祀ることで
災厄から逃れることが出来るという信仰が生まれました。
 

災厄の神⁈

本居宣長は「悪神」だと考えました。
この世の中において、
人の禍福は必ずしも合理的に人々にもたらされず、
誠実に生きている人間が必ずしも幸福を享受し得ないのは、
八十禍津日神の仕業だとしました。
 
一方、平田篤胤は「善神」だと考えました。
篤胤によると、八十禍津日神は須佐之男命の荒魂であり、
全ての人間はその心に
「八十禍津日神」の分霊と
「直毘神」(なおびのかみ)の分霊を授かっていて、
人間が悪やケガレに直面した時、
それらに対して怒り、憎しみ、荒々しく反応するのは、
自らの心の中の八十禍津日神の分霊の働きによるものだとしました。
つまり「八十禍津日神」は、
悪を悪だと判断する人の心の働きを司る神であり、
その怒りは「直毘神」の分霊の働きにより、やがて鎮められるとしました。
 
直毘神(なおびのかみ)
伊邪那岐命が禊を行って黄泉の穢れを祓った時に、
その穢れから生まれた八十禍津日神・大禍津日神が生まれた後に、
この二柱の神がもたらす禍を直すために生まれたのが
直毘神(神直毘神大直毘神と伊豆能売)。
 
 

別名

  • 八十禍津日神(やそまがつひのかみ)『古事記』
  • 八十枉津日神(やそまがつひのかみ)『日本書記』第五段第六の一書
 
 

主なご利益

  • 厄除け
 
 

祀られている神社

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