大国主神の試練

古事記　

 

因幡の白兎（いなばのしろうさぎ）

 

須佐之男命の子孫である大国主神は、

様々な試練をくぐり抜けていく英雄として知られています。

「因幡の白兎」はその最初のエピソードです。

 

大穴牟遅神おおなむちのかみ（大国主神）には、

八十神（やそがみ）と呼ばれるほど多くの兄弟神がいました。

彼らは皆、美しいと評判の八上比売（やがみひめ）を妻にしたいと思い、

連れだって求婚をしようと出掛けました。

この時、末弟の大穴牟遅神おおなむちのかみ（大国主神）に皆の荷物を背負わせ、

従者として連れて行きました。

 

 

一方、隠岐の島に住む１匹の白兎が、

ある姫神に会いたいと思い、因幡の国へ行きたいと考えていました。

しかし、隠岐の島と因幡の間は海でとても自力では渡れません。

そこで白兎は、鰐わにを騙して向こう岸に渡ろうと考え、

「鰐わにさん、君達の仲間と僕達の仲間と、

　どちらが多いか比べてみようよ」と提案し、

鰐わにを因幡の国まで並べさせ、その上をピョンピョンと渡っていきました。

 

もう少しで向こう岸に着こうという時、兎は得意げに言いました。

「君達は騙されたのさ、本当は因幡の浜に上がりたかっただけなのさ」

それを聞いた鰐わには怒って、白兎の体中の毛をむしり取り、

あっという間に赤裸にしてしまいました。

 

 

八十神の一行が気多岬（けたのみさき）にやって来ると、

赤裸にされた白兎が横たわり、その痛みで砂浜で泣いていました。

これを見た八十神は悪戯心を起こし、

「海の潮を浴び、

　風に当たってよく乾かし、高い山の峰で伏せていよ」と

嘘の治療法を言います。

そうとは知らず、白兎が言われた通りにすると、

傷は更に悪化し、痛みもますますひどくなってしまいました。

 

あまりの痛さに白兎が苦しんで泣き伏せていると、

そこに兄神達の全ての荷物を担がされて大きな袋を背負った

大穴牟遅神おおなむちのかみ（大国主神）が通りかかり、

白兎に泣いている理由を尋ねました。

そして、

「今すぐ河口に行って真水で体を洗い、

　蒲黄（がまの穂にある花粉）を取って、

　それを敷き、その上に転がれば肌は元通りになるだろう」と

教えて上げました。

 

白兎がその通りにすると、たちまち癒され、

元の健康な身体に戻ることが出来ました。

 

大層喜んだ白兎は

「八上比売は兄神ではなく、あなたを選ぶでしょう。

　あのような意地悪な神様は、

　八上比売やがみひめをお嫁にもらうことは出来ません」と言い残し、

自らが伝令の神となって、

兄神達の到着より前にこの事実を八上比売やがみひめに伝えたのでした。

 

兎の言った通り、八上比売やがみひめは八十神の申し出を悉く断り、

大穴牟遅神おおなむちのかみ（大国主神）に嫁ぐことになりました。

 

八上比売やがみひめと大穴牟遅神おおなむちのかみ（大国主神）との縁を見事に取り持った白兎こそが

「稲羽の素兎」（いなばのしろうさぎ）です。

鳥取県にある「白兎神社」の御祭神となっています。

白兎の取り持つ縁は、ある特定の人や叶わぬ人との縁です。

 

 

大国主神の試練

 

八上比売を大穴牟遅神おおなむちのかみに取られてしまった八十神達は腹を立て、

大穴牟遅神おおなむちのかみを待ち伏せて 罠にかけて殺してしまおうと考えました。

 

八十神一行が伯耆国ほうきのくにの手間山の麓に着いた時、こう命じました。

「この山には赤い猪が棲んでいる。

　我らがそれを追い立てるから、お前は待ち伏せて捕えるのだ。」

大穴牟遅神おおなむちのかみは命令通りに待ち伏せていると、

八十神は火で焼いた大石を山上から大穴牟遅神おおなむちのかみ目掛けて転がしました。

それを赤い猪だと思って待ち構えていた大穴牟遅神おおなむちのかみは、

石に焼き潰されて死んでしまいました。

 

これを知った母神の「刺国若比売さしくにわかひめ」は大変悲しんで、

天上の高天原に上り、「神産巣日神かみむすび」に助けを求めました。

「𧏛貝比売きさがいひめ」と「蛤貝比売うむぎひめ」を遣わされ、

𧏛貝比売きさがいひめは身体を繋ぎ集め、蛤貝比売うむぎひめが赤貝の汁を塗ると、

大穴牟遅神おおなむちのかみは蘇生し、以前にも増して凛々しい姿を見せました。

 

これを知った八十神達は、再び大穴牟遅神おおなむちのかみを騙して山に連れて行き、

大木を切り倒して楔を打ち、その割れ目に入らせ、

楔を引き抜いて挟み殺しました。

また母神の刺国若比売さしくにわかひめが泣きながら大穴牟遅神おおなむちのかみを探し出し、

その木を裂いて生き返らせました。

このまま八十神の元へ戻せば、また殺されてしまうだろうと思い、

木の国の大屋毘古神おおやびこのかみのもとへ逃亡させました。

 

大穴牟遅神おおなむちのかみが生き返り、自分達から逃げ出したことを知った八十神は、

大穴牟遅神おおなむちのかみを必死に探しました。

そして、大穴牟遅神おおなむちのかみが大屋毘古神おおやびこのかみの元に逃げたことを突き止め、

大屋毘古神おおやびこのかみに向けて弓矢を構え、大穴牟遅神おおなむちのかみを引き渡すように求めました。

しかし、大屋毘古神おおやびこのかみはそれに応じず、

「須佐之男命のいる根之堅州國（ねのかたすくに）へ行きなさい。

その神がきっと良い考えを持っているだろうから。」と言い、

大穴牟遅神おおなむちのかみを木の股から逃がしてくれました。

 

 

大国主神の根の国訪問

 

根の堅州国かたすくにに渡った大穴牟遅神おおなむちのかみが須佐之男命の宮殿の前まで来た時、

門から出てきた須佐之男命の美しい娘神「須勢理毘売命すせりびめのみこと」と鉢合わせになり、

互いに恋に落ちてしまいます。

御殿に戻った須勢理毘売命すせりびめのみことが早速

「とても立派な神が来られました」と報告すると、

須佐之男命は「あれは葦原色許男あしはらしこおという神だ。」と言い、

なぜか蛇の室に導きました。

 

そこで須勢理毘売命すせりびめのみことは密かに蛇除けの布・比礼ひれを授け、

「蛇が襲ってきたら、この比礼ひれを三度振って追い払って下さい」

と教えます。

大穴牟遅神おおなむちのかみが須勢理毘売命すせりびめのみことの言う通りにすると、

蛇は途端に大人しくなり、一度も食いつかれることはありませんでした。

 

次の日の夜は、百足むかでと蜂の部屋に入れられました。

またもや須勢理毘売命すせりびめのみことがやって来て、

百足と蜂を払う比礼ひれを渡して同じように教えたので

前の日と同様に無事に過ごすことが出来ました。

 

次に須佐之男命は、

「鳴鏑なりかぶら」という矢を野原に向けて放ち、

その矢を拾ってくるように命じました。

大穴牟遅神おおなむちのかみは命令通りに矢を探しに野原に入ると、

須佐之男命はそこに火を放って大穴牟遅神おおなむちのかみを追い詰めました。

途方に暮れている大穴牟遅神おおなむちのかみの前にネズミが現れて、

「中は富良富良ほらほら、外は須夫須夫ずぶずぶ」と地面の下に空洞があることを知らせます。

これを聞いた大穴牟遅神おおなむちのかみがその場を踏むと、

地面はみるみる割れてきて、その裂け目に落ちて、

どうにか炎をやり過ごし、難を逃れることが出来ました。

更にそのネズミは

須佐之男命が放った「鳴鏑なりかぶら」の矢を探し出してきてくれました。

 

その間に炎は野原を焼き尽くしてしまいましたので、

須勢理毘売命すせりびめのみことは、大穴牟遅神おおなむちのかみが死んだと思い泣きながら

葬儀の準備をしていました。

もちろん須佐之男命も「これでさすがに死んだだろう」と思っていました。

ところがその時、手に矢を持った大穴牟遅神おおなむちのかみが現れ、矢を奉りました。

 

しかしそれでもまだ、須佐之男命は試練を与えます。

大穴牟遅神おおなむちのかみを広い寝室に招き、頭に巣くう虱しらみを取るように命じます。

須佐之男命の頭には、虱しらみではなくたくさんの百足が這っていました。

そこにまたまた須勢理毘売命すせりびめのみことが現れ、

牟久むくの木の実と赤土を持って来て、大穴牟遅神おおなむちのかみに渡しました。

大穴牟遅神おおなむちのかみはその牟久の木の実を噛み砕き、

赤土を口に含んで吐き捨てを繰り返します。

これを見た須佐之男命は、

大穴牟遅神おおなむちのかみが頭の百足を口の中で噛み潰していると勘違いし、

感心します。

心を許したのか、眠気に勝てなかった須佐之男命は

そのまま眠ってしまいました。

 

須佐之男命が眠ったことに気付いた大穴牟遅神おおなむちのかみは、

この隙に須佐之男命の長い髪を部屋の大きな柱に結びつけ、

大きな岩で入口を塞ぎ、須勢理毘売命すせりびめのみことを背負い、

宝物の「生大刀いくたち」「生弓矢いくゆみや」「天の詔琴あめののりごと」を持ち出して

部屋から出ようとしました。

ところがその時、

天の詔琴あめののりごとが木に触れ、大地が揺れるような大きな音がしました。

 

この音を聞いた須佐之男命は慌てて飛び起きましたが、

柱に結びつけられた髪が邪魔で追いかけられません。

そのまま建物を引き倒してしまいました。

須佐之男命が柱に結ばれた髪を解いている間、

大穴牟遅神おおなむちのかみは須佐之男命の御殿より遥か遠くへと逃げ出していました。

 

髪を解き、二人を追いかけて来た須佐之男命は、

地上との境「黄泉平坂よみつひらさか」まで来るとそこに留まり、

大国主命に向かってこう叫びました。 

「私から奪ったその生大刀いくたちと生弓矢いくゆみやを使って、

　八十神達を坂の裾まで追い伏せ、川の瀬に追い払うがよい。

　そしてお前は大国主命となり、「宇都志国玉神うつくしくにたまのかみ」となり、

　須勢理毘売命すせりびめのみことを嫡妻むかいめ（＝正妻）にして、

　宇迦能山うかのやまの麓に太い柱を立てて、地底の岩盤に届き、

　高天原に届くほど高い宮柱をもった宮殿を建てよ！」 と命じました。

 

大国主神はその言葉通り、八十神達を退治し、

国造りを始めました。