千歳飴
「千歳飴」(ちとせあめ) は、
紅白に色の長い棒状の飴で、
松竹梅や鶴亀など縁起の良い模様が描かれた
化粧袋に入っています。
縁起物
子供の成長を願って、
「長寿」の意味の千年という名前が付いた
「千歳飴」。
その名の通り、「千歳まで生きる」ことを
願っての縁起物です。
千歳飴の形
精製した白砂糖を練り固めて作った
「太白飴」(たいはくあめ)を細長くし、
紅白それぞれの色で染めて作られています。
この長い飴を食べることで
「細く長く」、そして「粘り強く」
いつまでも元気で健やかに成長しますようにと
祈願する意味があります。
因みに「千歳飴」の大きさは、
直径1.5㎝・長さ1m以内と決まっているそうです。
関東地方では、このような細長くて固めな
「千歳飴」が主流です。
一方で、関西地方では、
太さがあり柔らかな食感の「千歳飴」が
一般的です。
他にも、紅白両色だけでなく、
単色タイプの「千歳飴」もあります。
細長い形で、1本丸ごとは食べにくいですが、
「長さに意味があるので
食べる時に折ってはいけない」
と言われています。
縁起物なので、食べやすく切って
近所におすそ分けした方が良いとする地方も
あるようです。
また、「お福分け」として「七五三」の内祝に
千歳飴を贈る地方もあります。
最新の「千歳飴」事情
素材や味のバリエーションが広がっている
最近、「千歳飴」の素材や
味のバリエーションが広がっています。
定番のミルク味だけでなく、
レモンやグレープ、抹茶、いちごミルクなど
個性豊かです。
色も紅白だけでなく、
赤やピンク、緑、オレンジ、黄色など
カラフルになっています。
千歳飴の起源

この「千歳飴」が
「七五三」に配られるようになったのは
江戸時代のようです。
起源については諸説あります。
飴の生地を長く伸ばして作るので、
「千年、長生き出来る」という
宣伝文句で販売し、
大ヒットしたと言われています。
昔は幼いうちに亡くなる子供が多かったので、
元気に成長して長生きしてくれることを願い、
七五三のお祝いの定番になりました。
大坂の飴売りが
江戸に出て売り始めたとする説
元和元(1615)年に、大坂の平野甚左衛門が
飴の販路を拡大するために江戸に出て、
浅草寺の境内で飴を売り始めたのが
始まりというものです。
当時は、千歳飴は「せんざいあめ」と読まれ、
その飴を食べれば千歳まで生きられるとして
人気を集めました。
浅草の七兵衛を
発祥とする説
元禄・宝永年間(1704〜1711年)に、
江戸・浅草の七兵衛 (しちびょうえ) という
飴売りが、
紅白の飴を「千年飴」として売り出したと
いうものです。
千年という言葉が長寿をイメージさせる
縁起の良いものであったため、
話題になりました。
文政8(1825)年刊の柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の
『還魂紙料』(かんこうしりょう)には、
「千年飴」(せんねんあめ)として、
次のように書かれています。
元禄宝永の比(ころ)、
江戸浅草に七兵衛といふ飴売あり。
その飴の名を千年飴、
また寿命糖(じゅみょうとう)ともいふ。
今俗(いまぞく)に長袋(ながぶくろ)といふ飴に
千歳飴(せんざいあめ)と書(かく)こと、
彼(かの)七兵衛に起(おこ)れり。
神田明神を
発祥とする説
神田明神の社頭で売られていた
「祝い飴」が発祥だというものです。
神田明神では、今も昔と変わらず、
「七五三」のお参りに来た子供達に
千歳飴が授与されています。