晴れのおまじない「てるてる坊主」

 

絶対に晴れて欲しい時のおまじないと言えば、
「てるてる坊主」。
日本に昔から伝わる風習で、
生活の一部として親しまれてきました。
 
 

「てるてる坊主」とは

「てるてる坊主」は望んだ日を晴れにしたい時、
長続きする雨を止めたい時に、
軒先に吊るしてお祈りする紙の人形のことです。
江戸時代には既に盛んに行われていたようです。
 
 
稲作・農耕の根付いた日本では、
天気は常に人々の関心事でしたから、
古代から、旱(ひでり)の時には「雨乞い」、
長雨の続く場合は「日和乞い」(ひよりごい)
行ってきました。
 
 
藁で束ねて作った男女2つの人形を飾ったり、
山口県萩市付近や福岡県小倉には
「日和坊主」という人形を作り、
軒先に吊るす風習があります。
民俗学者の柳田國男は、この風習を
「虫送り」や「疫病送り」と同じく、
「害」を人形に託して鎮める
まじないの一種だとしています。
 
 
なお「てるてる法師」には、他にも、
「てりてり(てれてれ・てろてろ)坊主」、
「日和坊主(ひよりぼうず)」「てり雛」など
地域によって様々な呼び方をされています。
 
童謡『てるてる坊主』が歌われるようになると、
日本全国に「てるてる坊主」という呼び名が
定着したようです。
 

童謡『てるてるぼうず』


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<1番>
  てるてる坊主 てる坊主
  あした天気にしておくれ
  いつかの夢の空のよに
  晴れたら金の鈴あげよ
 
<2番>
  てるてる坊主 てる坊主
  あした天気にしておくれ
  わたしの願いを聞いたなら
  あまいお酒をたんと飲ましょ
 
<3番>
  てるてる坊主 てる坊主
  あした天気にしておくれ
  それでも曇って泣いてたら
  そなたの首をチョンと切るぞ
 
『てるてる坊主』は、大正10(1921)年、
浅原鏡村が雑誌『少女の友』に発表したものを
後に中山晋平がメロディーを付け、
全国の子供達に愛され歌い継がれてきました。
 
 
実は大正10年に発表された時は、
『てるてる坊主の歌』という題名で、
今では「幻の1番」と言われるものも含めて、
4番までありました。
その幻の一番とは、
「もしも曇って 泣いてたら
 空をながめて みんな泣こう」
というものでした。
それが大正12(1923)年の楽譜出版時に、
なぜか削除され、『てるてる坊主』と改題して
現在の歌になっています。
 
 
なお、作詞者の浅原鏡村(六朗)の出身地である
長野県池田町には、
あります。

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「てるてる坊主」の怖い起源

「てるてる坊主」の起源には諸説がありますが
有力なのは次の3つです。
 
古代Chinaの少女
「掃晴娘」説
 
Chinaには「掃晴娘(サオチンニャン)」という
晴れを祈願して、箒を振り上げた娘の切り絵を
家に飾る古い習俗がありました。
昔々、北京に美しくて賢い
「掃晴娘(サオチンニャン)」という娘が
おりました。
ある年の6月、大雨が降り続いた北京は
水で溢れかえり、人々は大変困っていました。
掃晴娘は、雨の神である龍神に
「雨を止めて下さい」と祈りました。
すると天から「龍神の妃になるなら、
雨を止めよう」という声が聞こえたのです。
掃晴娘はこの言葉に従い、
龍神の妃になるために天に昇りました。
途端に空は晴れ、村は救われたと言います。
それ以来、人々は雨が続くと、
切り紙が得意だった掃晴娘を偲び、
雲を払う箒を持った「掃晴娘」の人形(ひとがた)
の切り紙を作って門に掛け、晴れを祈願する
ようになりました。
掃晴娘が箒を持っているのは、その箒で雲を
掃いて晴天にするからと言われています。
 
この風習がやがて日本にも伝わり、
「てるてる坊主」となったというものです。
 
「てるてる坊主」は
お坊さん説
童謡『てるてる坊主』の3番には、
「そなたの首をチョンと切るぞ」という
大変怖い表現の歌詞でしたが、
この歌詞の元になったとも言われている
お話です。
 
その昔、あるところで、
降り続く雨に人々は困っていました。
そこに、お経を唱えることで
雨を止ませることが出来るという
坊主がやって来たので、
殿様はその坊主に雨を止めて欲しいと
頼みました。
しかし雨は止まなかったことから、
激怒した殿様はお坊さんの首を刎ねました。
そしてその首を白い布に包んで吊るすと
翌朝には長く降り続いた雨が止んで
青空が広がったそうです。
 
「てるてる坊主」は
日本由来の妖怪・日和坊主説
日本の妖怪である「日和坊(日和坊主)」も、
「てるてる坊主」の由来とされています。
 
 
江戸中期の画家、鳥山石燕(とりやませきえん)は、
『今昔画図続百鬼』(こんじゃくがずぞくひゃっき)
絵の詞書(ことばがき)に中で、
「女性や子供達がてるてる坊主を作って
 晴れを祈願しているが、これは
 雨が降ると姿を隠し、晴れた日に姿を現す、
 日和坊を祀っているのではなかろうか」
という旨の説明をしています。
昭和中期頃までは、てるてる坊主を
「日和坊主」と呼ぶ地域もあったようです。
 

「てるてる坊主」の正しい飾り方

 
「てるてる坊主」を誤ったやり方で
作ったり、飾ったりすると逆の意味となり、
雨乞いのための「ふれふれ坊主」になり、
晴れではなく「雨」になってしまう可能性が
あります。
 
黒っぽい布や紙で作ってはいけない
黒い布や紙で作ったりすると、
雨を願う「ふれふれ坊主」になりますから
黒っぽい布や紙は避けて、
白の布や紙で作りましょう。
 
のっぺらぼうにする
 
「てるてる坊主」は、顔を描かずに
「のっぺらぼう」の状態で吊るし、
叶ったら顔を描くと言われています。
顔を描くと雨が降ってしまい、
効果が半減するのだそうです。
 
残念ながら雨が降って願いが叶わなかったら、顔を書きません。
その際は「てるてる坊主」に感謝と
次回は願いを叶えて下さいと伝えてから、
処分しましょう。
 
「いつからいつまで吊るす?
 
てるてる坊主は「翌日の晴れを願う」
おまじないです。
ですからイベントや旅行などの
「前日」に吊しましょう。
次の日願いが叶って晴天が広がっていたら、
役目を果たしてくれたということですので、
そのタイミングで処分します。
 
方角は南側がベスト
 
てるてる坊主は「晴れ」を願うお守りなので、
出来るだけ「南」の方角、
太陽に向かって吊るすのがおススメです。
逆に「北側」は、太陽が昇らない方角なので
晴天ではなく「雨が降って欲しい」という
意味になってしまいます。
 
南天に吊るすと更に効果的⁈
 
古くから「南天」は
悪霊を払う霊力を持った木とされ、
家の玄関や鬼門などに植えられてきました。
また、「南天」という名前は
「難を転じる」に通じて縁起が良いため、
「てるてる坊主」が晴れをもたらすのにも
うってつけなのです。
 
逆さまに吊るさない
 
「てるてる坊主」を逆さに吊るすと、
雨乞いをする「ふれふれ坊主」に
なってしまいます。
どうしても「逆さま」になってしまうのは、
吊るすための紐を「首」の部分で
固定してしまっているからです。
頭頂部に近い場所で紐を固定すれば、
逆さまになりにくくなります。
 
役目を終えたら感謝して片付ける
江戸時代は、役目を終えた「てるてる坊主」は
瞳を書き入れて酒をお供えし、
川に流して供養するとされてきました。
しかし現代では環境面を配慮する観点から、
感謝の気持ちを込めながら袋に詰めて、
燃えるゴミとして捨てるようにしましょう。