水天宮(すいてんぐう)

 
「安産祈願」で知られる
「水天宮」(すいてんぐう)は、
福岡県久留米市の水天宮(久留米水天宮)を
総本宮とする、日本全国にある神社です。
 
「水天宮」は水及び子供に縁の深い神社であり、
水には「流し出す」作用があり、
このことから、安産・病気治癒・水難除けの
御利益があるとされます。
 
 

日本三大水天宮

  1. 全国総本宮 久留米水天宮(福岡県久留米市)
  2. 水天宮(東京都中央区日本橋)
  3. 土浦水天宮(茨城県土浦市)
 
全国総本宮「水天宮
「水天宮」(すいてんぐう)とは、
福岡県久留米市に鎮座する
水天宮」を総本宮とする神社です。
天地の始まりに出現した神とされる
「天之御中主神」(あめのみなかぬしのかみ)の他、
平家滅亡の悲劇の主人公とも言える、
安徳天皇・建礼門院(平徳子)・
二位の尼(平時子)をお祀しています。
 
 
「久留米水天宮」は、「壇ノ浦の戦い」から
辛くも生き残った、建礼門院に仕えていた女官、
「按察使局伊勢」(あぜちのつぼねいせ)
この地まで逃れて来て、
 
祀られている祭神の一柱・安徳天皇が
子供の守護神であることから安産・子授けの
御利益があると信仰されています。
 

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日本橋「水天宮」
総本宮である久留米の水天宮と並んで
有名なのが、東京・日本橋蛎殻町にある
水天宮」です。
 
江戸の水天宮は、文政元(1818)年、
久留米藩9代藩主・有馬頼徳(ありまよりのり)
江戸・三田の久留米藩江戸上屋敷に
分霊を勧請したのが始まりです。
 
久留米藩有馬家上屋敷内に祀られていた
水天宮は、邸内ということもあり、
一般の参拝は当然、禁じられていたため、
庶民は門外より賽銭を投げ参拝していました。
 
久留米藩では、江戸でも信仰者の多い
水天宮への一般参拝の許可を求める
特別な伺書を幕府へ提出、
幕府は毎月5日に限って、これを認めました。
 

 
妊婦は参拝すると、「鈴乃緒」
(鈴を鳴らす晒しの鈴紐)のお下がりを授与され、
腹帯として安産を祈願したところ、
非常に安産だったことから
人づてにこの御利益が江戸市中に広まります。
その人気ぶりは「情け有馬の水天宮」という
地口(言葉遊び)も生まれたほど。
 
久留米藩にとっては、お賽銭などが
年間2000両(安政年間)にもなって、
大いに藩財政を潤したことから、
幕末まで毎月5日の参拝日は続きました。
 
 
境内にはいくつかの名物スポットがあります。
子犬とそれを見詰める母犬の像「子宝いぬ」は
その周囲を取り巻く十二支のうち、
自分の干支を撫でると
安産や子授け、子供の健やかな成長など、
様々なご利益があると言われています。
 
赤ちゃん河童3匹が
母河童の足下、胸、肩にしがみついている
銅像「安産子育河童」は
水難から人々を守るために作られたというです。
なお河童は「水天宮」の神使です。
他に、ブリヂストン創立者・石橋正二郎が
奉納したと言われる「狛犬」も有名です。
 
末社として、有馬家上屋敷にあったという
七福神の弁財天を祀った
「寳生辨財天」が鎮座していて
毎月5日と「巳の日」には扉が開き、
弁財天の御神像を見ることが出来ます。
金運や商売繁盛の他、
第九代久留米藩主・有馬頼徳公が能楽を競う際に
弁財天に祈願し、見事勝利を収めたという
言い伝えから、勝負事や学問、芸能などにも
御利益があるとされています。  
 
 (参考:「戌の日・帯祝い」)

www.suitengu.or.jp

 
土浦水天宮
茨城県土浦市にある「水天宮」は、
江戸時代の天保11(1840)年に
当時の土浦藩主・土屋寅直のもとに
久留米藩主 有馬頼徳の三女・竹姫が
嫁入りした際に、久留米藩の「水天宮」を
分霊したことに始まります。
 
今の場所にやってきたのは昭和33(1958)年です。
御祭神は、久留米の「水天宮」同様、
天之御中主神・安徳天皇・建礼門院・
二位の尼です。
 

水天宮の縁日

毎月5日は水天宮の縁日です。
お参り出来る日が5日であったことに因みます。
 
全国の総本宮である久留米の水天宮では、
1月5日に「初水天宮祭」が斎行されます。
そして年末の12月5日には、
「納め水天宮」あるいは「終い水天宮」と
呼ばれる縁日が行われます。