菱(ひし)

「菱形」は2方向の平行線が交わって生まれる幾何学文様で、
連続すると「斜め格子」とか「襷文様」などと呼ばれます。
池沼に自生する水草「菱」の葉や実の形を文様化したものという
説があります。
 
水草の菱は繁殖力の強い特徴があることから、
「子孫繁栄」や「無病息災」を願う模様と言われています。
 
菱の実
ヒシは池や沼に自生する一年生の水草で、
秋に熟した棘のある実が水底に固着して越冬し、
春になると発芽して根を下ろし、
水面に向かって芽を出して水面に菱形の葉を広げ、
夏になると茎の先に白い花を咲かせて実をつけます。
 
ヒシの実は、
菱形に見えなくもないコウモリが羽を広げたような形で、
両端がとても尖っています。
忍者が使う道具「撒菱」(まきびし)は、
元々はこのヒシの実を乾かしたものを使用していたんだそう。
 
ヒシの実は、栄養価も高く薬効もあることから、
古来より重用されていました。
女の子の健康を祈る雛祭りの「菱餅」(ひしもち)に、
かつてヒシの実が入っていたのも、そんな理由から。
「菱餅」の名の由来は、このヒシの実なのです。
 
 
縄文時代の土器に刻まれるなど、
古くから文様として使われていたことが分かっています。
 
 
「菱文様」が全盛となるのは、
平安時代に公家装束の「有職文様」となってからで、
幾何学文様の代表として、
染色や工芸品の意匠にも数多く用いられました。
そのため、バリエーションも豊かで様々な名前が付けられた
「菱文様」があります。
 
菱形のに中四弁花を入れた「花菱」、
羽を広げた鶴を向かい合わせて菱形にかたどった「向い鶴菱」、
菱形を4つ組み合わせた「四菱」などです。
 
 

1.菱文

基本の菱形を様々に反復させて、多くの変形文様が生まれています。
小さな菱形を連続させたものは小紋などの染めの着物に使われ、
格調のある「有職文様」の菱形は礼装用の袋帯などに用いられます。
 

2.松皮菱

菱形の上下に、
小さな菱形を付けた子持ち菱を繋げたような形をしています。
松の皮を剥がした形に似ているところから、
この名が付けられたと言われています。
「松皮菱」の中に
草花などの文様を入れ込んで構成するのが一般的ですが、
「松皮菱取り」して、着物や帯の模様取りに用いられることもあります。
この文様は江戸小紋や絣にも見られます。
 

3.幸菱(さいわいびし)

四弁の花の菱形を上下左右に4つ組み合わせて菱形にしたものが基本。
現在は4つ以上の組み合わせもあり、
「花菱」を集めて菱形に作った文様の総称でもあります。
菱形の先端が離れたり合ったりすることから、
「先間菱」(さきあいびし)「先合菱」「先剣菱」とも言います。
 

4.松菱

菱形の中に若松を入れ込んで構成した文様で、
松の葉が美しく配列されています。
 

5.業平菱

六歌仙の一人・在原業平の装束を描く際によく使われたことから
名付けられたと言われています。
またの名を「業平格子」とも言います。
「三重襷」に「襷紋」(並行する斜線を交差させたもの)を組み合わせ、
「襷紋」が交わるところに花弁を配したものが基本です。
 

6.武田菱

4つの菱形が集まって2つの菱文を構成する文様で、
「四つ割菱」とか「割り菱」などとも呼びます。
甲斐の武田氏の家紋であったことから、この名が付きました。
 

7.三重襷

並行する斜線を交差させた古代からある世界共通の文様です。
3本1組になった斜線が交差することによって出来る
斜め格子(菱文様)と、
その中に四菱をあしらったものを「三重襷」と呼びます。
四菱入りのものは「武田菱」と似ています。
 

8.花菱

菱形の中に花びらを4枚入れた文様で、
他の文様と組み合わせて用いられることもあります。
形が美しいことから白生地や帯の地紋にも使われます。
花菱を4つ集めてつの菱形にしたものは「四花菱」といいます。
 

9.向い鶴菱(むかいつるびし)

翼を広げた鶴を菱形に図案化した文様で、
単に「鶴菱」とも言います。
2羽の鶴を向かい合わせて上下、または左右に組み合わせ、
外側が菱形になるように構成されています。
その他、1羽の鶴を菱形にまとめたものもあります。
「菱文」が「有職文様」のひとつでもあることから、
吉祥の「鶴」と合わせることで、
文様の格式が上がるとも言われています。
 

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